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考えるな、飲め。150のサワーで会話あふれる半地下酒場

考えるな、飲め。150のサワーで会話あふれる半地下酒場

壁一面に貼られた短冊メニュー。一度入ればここはもう異世界。

 千駄木の不忍通りで目を引く「150種類のサワー」の看板。「ホームラン31本」「恋愛相談」など想像不可能な名が並ぶ。半地下の入り口を抜けると、壁一面に短冊メニューが貼られた異世界が広がっていた。不思議なサワーを通じて店主や常連との会話が広がる、懐かしくて混沌とした不思議な酒場だった。

はじまりは、あの看板との出会い
 本題に入る前に、ほんの少しだけ私のことを話させて欲しい。
というのも、あなたも思ったんじゃないだろうか。「どうしてそんな怪しげな店に入ろうと思ったの?」と。
 私にはちょっとした偏愛がある。それは「怪しげな居酒屋をめぐること」。
闇市の名残が色濃く残る横丁、今や外国人観光客で賑わうゴールデン街、時代に逆らうような飲み屋街。そんな場所に惹かれて色々な異世界を覗いている。
なぜ、そんなところが好きなのか。
それは、孫みたいにかわいがってもらえるから。
若造で無知な大学生が、おじいちゃんたちの聖域に足を踏み込むとそんな現象が起こる。冗談みたいだけど、これが本当にうれしい。
知らない人と広がる対話、チェーン店にはないぬくもり。
私はそんな空間を大人のディズニーランドだと思っている。

 とはいえ、最初からこんな風に居酒屋巡りをしていたわけじゃない。私が居酒屋に通い始めたきっかけは、「コミュ力強化」という、非常に実用的な動機だった。
私が苦手としていた(天敵)のは、「目上の方」と「パリピ」。
パリピに関して、これはもう、小学生から早16年間学生をしてきましたが、克服できませんでした。なのでまずは方向転換、「目上の人」に絞ってみようと思った。
でも、私はもともと話しかけるタイミングも言葉遣いも、距離感もぎこちなく、年上の人と話すのは苦手。そんな自分にもどかしさを感じていたし、ちょっとした危機感もあった。
そんなとき、ある友人が大人と話すことがめちゃめちゃうまいことに気がついてしまった。
適度なタメ口と敬意のバランス、時に愛嬌も交えながら、自然体で関わっている。しかも、相手がとても楽しそうなのだ。
思わず、「これ真似しよう」そう思った。
やってみたら意外と簡単で、気づけば自分も少しずつ話せるようになっていた。これがうれしくて、私は「練習の場」として居酒屋に通い始めた。

 それも、怪しげな居酒屋ばかり選んでしまうのには理由がある。
なんてったって、最大の天敵である「パリピ」がいない。
さらにいえば、かつてパリピだったかもしれない人が、時を経て、穏やかに達観した元パリピとして話してくれる雰囲気がある。
(ちなみに、インド1人旅などしてきて異世界のパリピはいけると分かったけれど、日本のパリピだけは今もダメです)
 それからもう1つ、忘れてはいけない忠告をされた。
ゴールデン街で出会った夜のお店のお姉さまから

「おじさんばかりと話していると、若い人からモテなくなるよ」

いや、ものすごく納得しました。
今では「おじさんホイホイ」と呼ばれることもあるし、むしろ誇らしくもあります。

 そんな私が暑い夏、千駄木をダラダラ散歩していた時のこと。
ふと目に入り込んだ「150種類のサワー」と書かれた怪しすぎる看板。
「大谷翔平サワー」「日本医科大学サワー」…どゆこと??
よく見てみるとその横に、
「8月・9月・10月で閉店します」「長い間ご愛好頂きありがとうございました。」
ちょっと待って、閉店するの?!(この時はまだ、よくある閉店詐欺かと思っていた)
その怪しさと魅力、そして衝撃に、私の居酒屋センサーがビコンビコン反応していた。
古びた半地下の入口、なぜか自動ドア、静かな裏路地。
これは間違いなく、間違いなさすぎるくらい、宝物系の店だ。
私はもうすっかりドキドキしていた。

そして、ドアを開けると
「おぉ、ひとり?」「よくこの店入ったねぇ」
渋めな店主と常連さんの温かい声とともに、偏愛タイムがスタートした。

半地下の店主
 異様な看板が千駄木の大通りにポツンと。重く見えて軽々開く自動ドアを開けた先に広がるのは、壁一面に短冊状のメニューがびっしりと貼られた空間だ。その数、150種類のサワーとおつまみ、それに加えて「人生相談0円」「恋愛相談0円」。(たぶん相談しても適当に流されそうだけど……)
サワーを頼むのがちょっと怖くて店主に尋ねると、

「これはね、頼まないと味は教えないよ」
「なんか知らない間にこんなにメニューが増えてたけどさ」

一見すると、少し近寄りがたい雰囲気の店主。
でも、話してみればその印象は一変する。
声は落ち着いていて、それでいてどこか少年っぽさを残している。無口そうに見えて、テレビの感想をつぶやいたり、時にはノリノリでカラオケを歌ったり、意外な一面もある。
自分のことはあまり多くは語らないけれど、言葉の隅々ににじむ優しさと誠実さ。守ってくれるような安心感と、ふとした無邪気さが同居していて魅力的だ。
だからこそ、このお店に通い、もっと店主、碇谷弘(いかりやひろし)さんのことを知りたくなった。

サワーを通じて、知らな人との会話の種に
 兆治の魅力は、飲み物が会話の種になることだ。納豆サワー、ミートソースサワー、フルーツみつ豆サワー…。名前だけですでに意味が分からないが、飲めばさらに驚く。
ではここで、やっぱり飲みたい想像を超えたサワーについて少し紹介しよう。
(店主に「ネタバレしないでよ!」と怒られない程度で)

●納豆サワー
 その名の通り、納豆です。「納豆好きしか飲めないよ」と言われつつも、いざ飲んでみると、あれ、いがいとおいしいじゃん。
サラダにみそ汁、ごはんにトースト、納豆って万能。そりゃあ、酒にも合うよなぁ。

●ミートソースサワー
 第一印象は「なぜこれを酒と?」でも、飲んでみたら「ありかも?」と思ってしまう。トマトの酸味と強めの甘さがくせになり、「赤ちゃんでも飲める」ほどお子様プレートの味。
(もちろん、冗談ですよ)


●フルーツみつ豆サワー
 みつ豆のフルーツ缶に炭酸を注いだ感じ、といえば伝わるだろうか。甘くて爽やかで、女性人気は高いとのこと。常連曰く「上野の某あんみつやにも勝てるよ」といったレベル。

 これらの材料は、現地に行って仕入れているらしい。
(例:ミッキーサワーは夢の国、立教大学サワーは立教大学で。よく考えると、酒とつまみが合体しているってこと!コスパよき!)
なかには常連客のリクエストから生まれたものや、実在の人物の来店をきっかけに誕生したサワーもある。こうして生まれた一杯は、ただのドリンクにはとどまらない。誰かとの会話を引き出す装置でもあるのだ。
※ちなみに、常連は「俺はここら辺の飲んだことないよ、だって怖いもん(笑)」とのこと。(流石です。私もいつか常連に)

サワーを片手にお話しして、ちょいとトイレに。
 半地下に集う常連たちは、まるで親戚の家に帰ってきたかのようにくつろぎながら、テレビに茶々を入れ、笑い合っていた。私も片手にミッキーサワー。
 実はトイレもまた1つ名物だ。壁には様々な名言が貼られており、少し踏ん張りながら自分に刺さる1文を探すのもまた楽しいひととき。
ただし、ついつい長居はしすぎないように。

もうない、この半地下。
 閉店したという噂を聞き、駆け付けた。
きっと「閉店すると言いつつ、まだ営業しているのではないか」という、わずかな期待もあった。
 けれど、そこにはもう看板がなかった。あの、奇妙で、私を引き付けた看板が。兆治は、もうこの半地下の空間にはいなかった。意味の分からないサワーを前にした戸惑いも、テレビを見ながら交わした他愛のない会話も、昭和歌謡を教えてもらったあの時間も、すでに過去のものになっていた。それでも、確かにここに存在していた。名前を覚えられ、「お客さん」ではなく、一人の個人としていられた空間が、ここにはあった。
 こうした、言葉にしきれないけれど「大切だ」と感じる場所は、静かに姿を消していく。まちは成長し、移り変わっていく。そのこと自体が、悪いわけではない。むしろ、変化するからこそ、まちは面白い。それでも、大切な人から卒業するときに「離れたくない」と思ってしまうように、自然なことだと分かっていてもどうしても割り切れない瞬間がある。
 単に昔を懐かしむことはしたくない。けれど、忘れてしまいたくもない。ただ、確かにここに存在していたという事実だけは、残したい。
 だから、ここに書き残す。思い出し、記憶のおまもりにするために。
 千駄木の半地下に、150のサワーと会話があふれる酒場が、確かに存在していたことを。

取材協力:居酒屋 兆治

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かりん

こんにちは!まちづくりを学んでいる大学生です。 人と空間のつながりに興味があり、まちの面白さや温かさを探しまわっています。趣味はひとり居酒屋巡り。見知らぬ人と出会い、会話を交わす、プチ旅行のようなドキドキ感が大好きです! だけど、実はものすごく小心者。そのくせ気になることがあると大胆な行動力を見せるビビりな冒険家です!

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