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千駄木の眼鏡03──ボクらの時代、ボクらの千駄木。

千駄木の眼鏡03──ボクらの時代、ボクらの千駄木。

千駄木二丁目西町会の「千駄木茶話会」

語り尽くせないエピソードの数々をもつ谷根千。千駄木二丁目西町会では、「千駄木茶話会」と題して、まちの先輩たちから話を伺う会を開催しています。第3回のゲストは、千駄木で長年仲良く活動してきたという幼馴染の3人組。イベントの様子をレポートします。

ーこの人たちがいなかったら今の千駄木はない。そう言っても過言ではない今回のゲストの3人は、昭和21(1946)年生まれ、なんと上野のアメ横と同い年だといいます。まさに戦後の生き字引の3人から、少年時代の思い出や町の変遷を伺いましょう。

今回のゲスト(左から順に)
 渡辺敏男さん、尾崎哲雄さん、橋本敏之さん
会場にはそれぞれのご家族や、町内外の皆さんが集まりました。

千駄木で育った、ボクらの原点

ーまずは子どもの頃のことから聞かせてください。

尾崎:この頃は駄菓子屋が5軒くらいあったな。遊び場も1箇所ではなく点在していて、いろいろ巡って遊んでた。当時の遊びと言ったら、釘刺し、メンコ、ビー玉、ベーゴマ遊び。やる場所がそれぞれ決まってるんですよ。メンコはここの路地、ベーゴマは運送屋さんの駐車場、とかね。あと、コンクリートや木製のゴミ箱がいっぱいあって中に隠れたり。それは1964年東京オリンピックの時に壊されてなくなった。

橋本:おれは転校生で、あとから千駄木に来たんだけど、尾崎に誘われて一緒に野球始めたんだ。

右が橋本さん。「EIGHT」と書かれた文京区立第八中学校の野球部のユニフォームを着ている。

渡辺:橋本とは中学生の時に喧嘩して、強かったから、それで仲良くなったんだ(笑)。当時文京八中は1クラス60人くらいいて、教室は超満員で後ろをやっと通れるくらい。それが5クラスか6クラスあったから、よほどじゃないと覚えられないよ。

尾崎:大雨のときに水があふれて、胸の高さまで水に浸かったこともあったなあ。マンホールが浮いて、金魚やザリガニが流れてきた。そんなことはもう何十年もないね。

渡辺:根津神社の池で鯉を釣ったりもしたな。すっごく怒られた(笑)

ー3人が小学校に入った頃の地図を用意しました。思い出すことはありますか?

渡辺:大通りに出る道に、甘味家や飲み屋もいっぱいあったね。

尾崎:戦後すぐで、まだ車も少ないから、今でいうタクシーの代わりみたいなのが走ってて、その営業所があったな。自転車で人力車を引っ張っているような、幌つきのタクシーでね。「輪タク」「チャリンコタクシー」とか呼んでた。

渡辺:映画館にはよく行ったね。『月光仮面』(1958〜1959年)なんかよく覚えてる。

尾崎:あと、近所にあった「丸安」っていう蕎麦屋なんか懐かしいね。電話で出前を頼むと、切る前に届いちゃう。やたら早いんだ。

渡辺:普通の蕎麦屋だよ? なんであんなに早かったんだろうね。

会場の皆さんは、野口園さんのお茶と、話にも出た懐かしい駄菓子、手作りのぜんざいを楽しみながらお話を伺いました。地図や写真を見ながら大盛り上がりです。

千駄木の“熱”を生んだ、祭りと仲間たち

ー3人はお祭りの中心人物でもありますよね。

橋本:千駄木二丁目は神輿がなくなったことがあったんだよね。担いでるうちに、よその人に持ってかれちゃって(笑)。そのあと結局取り返したんだけど、「神輿出そう会」という会を作って、どうしたらいいか考えたんだ。

ーそのままのネーミング(笑)

橋本:その当時の半纏がグレーで目立たなかったから、よその人が入ったらわかるように、目立つ半纏を作ろうと。そのときおれがたまたまオレンジ色のシャツを着ていて、その色いいじゃないと、オレンジ色に決まった。それで、自分で型を起こして勝手に作って、みんなに買ってもらったんだ。いま来ているオレンジ色の半纏はそれ。

もうひとつ、黒い半纏もあるんだけど、それは根津神社の御遷座300年大祭(2006年)の時に新調したもの。当時の町会長が「斬新な色で作ってくれ」と言ってきて、グレーはさっきの話もあって嫌だったから、黒になった。

ーそういうことを「いいんじゃない?」って言ってどんどん進めちゃうのがおもろいですね。

尾崎:あとお囃子も自分たちで作っちゃったんだよね。最初は他の人たちがやっていたところに入ったんだけど、2年経って独立して。前のお囃子もろくに覚えてないのに、自分たちで太鼓買ってやり始めちゃったんだ。これもまだ続いてるね。そろそろ孫の世代だ。

渡辺:橋本は新しいこと始めるのはいいんだけど、軌道に乗ると飽きて、どっか行っちゃうんだ。

橋本:続けてくれるのは本当にすごいよ。

ー0から1をつくる橋本さん、1を100にする尾崎さん、それを続けていく渡辺さん、という役割分担も見えてきておもしろいですね。こういう人たちが楽しみながら頑張ってきたから今の千駄木があるんですね。

渡辺「10年ひと昔」と言うけれど、まちの様子は本当にすぐに変わっていくね。

尾崎:このあともどんどん変わっていくだろうから、皆さんにはそれを楽しんで生きてほしいね。できれば自分もね。

橋本:頑張って腰治してね(笑)

「千駄木茶話会」は、お茶とお菓子を囲んで町の先輩の話しを伺いながら 気軽なおしゃべりを楽しむ、参加型のお話し会です。
昔のエピソードや、今日までの物語をきっかけに、皆さんの何気ない会話を通じて、日々の暮らしがより豊かになるヒントや、町をもっと好きになるきっかけが作れたら素敵だなと思い企画しました。
ご参加の皆様の交流を深めるのはもちろん、この様な形で “記憶” を “記録” にしながら、シリーズ化できたら嬉しいです。今後もご期待ください!

千駄木二丁目西町会のX:https://twitter.com/sendagi2w

この記事を書いた人ライター一覧

内海 皓平

1995年東京生まれ。藍染大通りに惹かれて根津に住む。まちがたり実行委員会メンバー。主な活動に『藍染大通り歩行者天国50周年記念誌』『銭湯山車巡行』『ブリコルひらい』など。 WEBはこちら

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