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「日暮里・舎人ライナー」路線名応募者の知られざる物語──片手袋研究家 石井公二さん

「日暮里・舎人ライナー」路線名応募者の知られざる物語──片手袋研究家 石井公二さん

まちまちな「まち」の人の眼鏡

“谷根千ご近所”に暮らす人・ゆかりのある人から寄せられたエッセイを紹介するコーナー「まちまちな『まち』の人の眼鏡」。今回は根津在住、片手袋研究家の石井公二さん。「日暮里・舎人ライナー」の命名権公募にまつわる、ちょっとした裏話をご寄稿いただきました。

路線の名付け親になりたい

青山、飯田橋、半蔵門、あるいはブリヂストンにカシオ。人名が由来となって我々の日常に馴染んでいる単語は意外と多い(地名は諸説あるようだが)。「あの場所、俺の名前が由来なんだ」。缶コーヒーなんかを飲みながらサラッと言ってみたら格好良さそうだ。しかし、私がこの先の人生でどれだけ努力しようとも、私の名がある場所の象徴として刻まれることはないだろう。

「名付け親」ならどうだろうか? 「あの名前つけたの、俺だわ」。缶のお汁粉を逆さにして底にへばりついた小豆をポンポンしながらさりげなく。うん、それもなかなか良い。近年、野球場などの名前がネーミングライツとして売り出される例はあるが、これはそれなりの元手がいる。四十路を超えても赤札堂の文字通り赤札が付いている商品に目がない私には、ちょっと厳しそうだ。狙うなら公募。公募なら誰でも気軽に応募できるし、後々まで語り継がれる名前になる可能性もゼロではない。

2006年の夏。谷根千住民が頻繁に口にする名前の命名者になるチャンスが、突然私の前にやってきた。

その情報を目にしたのは新聞だったか、ネットだったか。とにかく20代半ばだった私の目に、次のような見出しが飛び込んできた。

「新交通システム「日暮里・舎人線」(仮称)の路線名を募集します」

(ああ、ここ数年日暮里辺りで工事してたやつ、やっとできるのか)。そんなことを考えながら、何気なしに記事を読んでみる。記事には日暮里と舎人を結ぶ交通機関ができること、それは専用軌道の上をガイドレールに沿ってゴムタイヤで走る新交通システムとよばれるものであること、その路線名を公募すること、などが書かれていた。

そこまで読んだ瞬間、人生において経験したことのなかった速さで、バチ~ンと一つの閃きが頭に舞い降りた。

日暮里と舎人、モノレールのような見た目、ニッポン、その頃鉄道にはまっていた甥っ子が特に好きだった「ラピート」※のように親しみのある響き……。

「ニポネール」。「ニポネール」だ!

ニポネール、ニポネール。口の中で何度も繰り返してみる。いや、良いぞ。これ、良いぞ。こんなにすべての要素を含んだ短い単語、ないぜ。なんでこんな名前を瞬時に思いついたんだ、俺? 怖い、自分が怖い。ニポネール。完璧だろ?

※大阪なんば都心と関西国際空港を最短で結ぶ、空港特急「ラピート」。

ニポネールの誕生

翌日、当時実行委員を務めていた芸工展のメンバーに相談してみた。

「ニポネール、良いね!」
「ニポネール、石井君、これ、決まりだろ?」

絶賛の嵐。やはり独りよがりではなかった。人生とはパズルのラスト1ピースを探し続ける終わりのない旅である。そしてそれは、結局最後まで見つからないことの方が多いだろう。しかしあの時の私は、新設される路線が必要としていたラスト1ピースを、見事に探し当てたのである。

募集期間は僅か2週間。この先、沢山の人生を運ぶ乗り物の命名者になる、という滅多にない機会を逃さない為、私はすぐに熱の籠った募集メールを送信した。

それから結果発表までの数か月。私の周囲では既に、当たり前のようにニポネールという名称が使われ出していた。

「ニポネール、結構高い所を走るみたいだね」
「ニポネールが出来たら、行ったことなかった舎人公園に行ってみようかな?」

皆、その柔らかな響きを持つ単語を口にする時、どこか幸せそうな表情を浮かべている。その時私は気付いた。ああ、名付け親って「自分が名付けたんだぞ!」という自己顕示欲とは無縁のものなんだ。名前という、この世に存在していく為の一つのきっかけを与える喜びなんだ。そこから先は命名者である私など軽く超えて、ただただ皆の人生の一部になっていくことを見守るんだ。それはまさに、我が子に名前を付けることと同じように……。

芸工展本部の写真(2006年)

運命の日

そして迎えた発表の日。私は東京都交通局のHPにニポネールという単語が表示される瞬間を、今か今かと待った。何百回目かの更新ボタンを押した時、遂にその瞬間が訪れた。

新交通システム「日暮里・舎人線」(仮称)路線名決定! 新交通システム「日暮里・舎人線」(仮称)は… 「日暮里・舎人ライナー」になりました!

……ふぇ? 「日暮里・舎人線」(仮称)が公募の結果、「日暮里舎人ライナー」? 全然、じぇんじぇん変わってないじゃん!

そこから先の記憶は正直に言ってまったくない。ただ、ふと気づくと「ニポネール! ニポネール!」と叫び、涙でぐしゃぐしゃになりながら不忍池を走り回る私がいた。

あの日から15年以上が経った。私は今でもあの乗り物のことを頑なに、ニポネールと呼び続けている。孤独な戦いはまだ終わっていない。パズルのラスト1ピース、死ぬまでに嵌めてみせる。

この記事を書いた人ライター一覧

石井 公二

1980年、東京生まれ。まちじゅうで見かける片方だけの手袋、“片手袋”の研究家。著書に『片手袋研究入門』(実業之日本社)。WEBはこちら

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