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本がつないだ谷根千と石巻 ──ライター・編集者 南陀楼綾繁さん

本がつないだ谷根千と石巻 ──ライター・編集者 南陀楼綾繁さん

まちまちな「まち」の人の眼鏡

“谷根千ご近所”に暮らす人・ゆかりのある人から寄せられたエッセイを紹介するコーナー「まちまちな「まち」の人の眼鏡」。今回は全国に広がる「一箱古本市」を立ち上げたことでも知られる、編集者/ライターの南陀楼綾繁さんに、谷根千と石巻で生まれた「本を通じた縁」について執筆していただきました。

東日本大震災からほどなくして

「被災地の人たちに本を送りたいね」
上野桜木に住む編集者の豊永郁代さんとそう話し合ったのは、2011年3月21日、千駄木にある旧安田楠雄邸(きゅうやすだくすおてい)だった。
この日、ここで不忍ブックストリートが企画した渋谷毅(しぶや たけし)さんと小川美潮(おがわ みしお)さんのライブが開催された。東日本大震災から10日目で、東京に住む私たちの心も揺れ動き、不安定な時期だった。
東京に住む私の家は無事だったが、本棚からなだれ落ちた本を目の前に茫然とした。その後に続く、被災者の生活や福島原発の事故を目にするにつけ、こういう事態を前に本や言葉に何ができるだろうという思いを抱いた人もいただろう。

しかし、衣食住とは別のレベルで、私は本がないと生きていけない。被災地に住む人たちの中にも、私と同じ人は多いはずだと思った。自宅を失い、避難所や仮設住宅で暮らしている人たちは、読みたくても本が手元にない状態だ。同じ本好きとして、それがいかにつらいかは容易に想像できた。

4月に入り、墨田区向島で開催されたイベント「ふるほん日和」に合わせて、「本を送ろう」茶話会を開催。20人ほどが集まって、さまざまな意見を出し合った。同月、「一箱本送り隊」を結成。千駄木に住む編集者で、宮城県塩竃市(しおがまし)出身の丹治史彦(たんじ ふみひこ)さんが隊長となった。それまで豊永さん、丹治さんとは近所に住む顔見知りの同業者ぐらいの関係だった。このあと10年以上も一緒に活動することになるとは、この時はまったく想像していなかった。ブログに載せたイラストは、以前根津に住んでいたnakabanさんが描いてくれた。

第9回「いしのまき本の教室」。画家のnakabanさんを講師に迎えてのブックカバーづくりワークショップ  ©石巻まちの本棚/一箱本送り隊

谷根千に本を集積する——ミニAmazon

この頃になると、出版業界をはじめ、被災地への本の寄贈を行なう団体はすでにいくつもあった。しかし、受け取る側の気持ちを考えないような状態の悪い本や送るのに向かない本(新興宗教の本とかパソコンのマニュアル本とか)が送られたとか、受け入れ側の態勢が整わず段ボール箱が倉庫に山積みになっているという話も聞こえてきていた。

そこで、私たちは、一方的、押し付け的に本を送らず、あらかじめ集積所に集めた本を仕分けし、被災地からのリクエストに応じて送るやり方をとった。
こんな本が読みたい、必要だというリクエストは、場所や時期によって大きく違った。もっとも顕著だったのは実用書で、活動をはじめた頃はさほどリクエストがなかったが、半年経った頃から料理や生活に関する本が多く求められるようになった。被災者の生活の変化が求める本に反映されている。

本を集めるにあたっては、2005年にはじまった「不忍ブックストリートの一箱古本市」の出店者や実行委員が協力してくれた。また、この時期には一箱古本市は各地で開催されていた。その主催者に協力を呼びかけると、打てば響くようにたくさんの本が送られてきた。しかも、その中には被災地に送れない・送りたくないような本はほとんどなかった。むしろ、一箱古本市に関わる人たちの選書のレベルの高さと幅広さに感嘆した。

また、仙台では震災前から「Book! Book! Sendai」という団体があり、毎年6月には一箱古本市を開催していた。さすがに今年は中止だろうと思っていたが、いち早く開催を宣言した。それを受けて、盛岡、秋田、会津若松でもブックイベントが開催されることになった。四つの町でつくられている本や物産を巡回販売する「東北ブックコンテナ」も同時に行なわれた。これらのイベントには、東京を含む全国から人が集まった。本を買い、地元で飲食することによって、わずかながらでも復興の手助けをしようとしたのだ。
震災以前の数年間で、東北で本好きのネットワークが生まれていたからこそ、非常時にも、本による動きを示すことができたのだ。一箱古本市をはじめてよかったと、心から感じた。

谷中・大行寺の一箱本送り隊の作業場。2011年6月 ©石巻まちの本棚/一箱本送り隊

難題だった本の集積場所も、谷根千の地縁のおかげで見つけられた。最初は上野桜木のギャラリー〈ねこじゃらし〉をお借りし、すぐ後に谷中にある大行寺の本堂地下に移った。ここは小さな体育館ぐらいの広いスペースで、集まった本をジャンルごとに並べ、仕分けするのに充分なスペースがあった。私たちはここを「ミニAmazon」と称した。

月2回の活動日には、一箱本送り隊の趣旨に賛同してくれた人たちが集まって、宅急便で送られてきた本の仕分けと、リクエストに沿って本を選び、箱詰めして発送する作業を行なった。ときどきはゲストをお呼びして、小さな茶話会を開いた。

それから半年間は、ひたすら本を届ける活動を続けた。受け取った人からメールや手紙で喜びを伝えてくれるのが、我がことのように嬉しかった。

大行寺の住職夫妻はこの活動を応援してくださり、2012年には料理研究家の枝元なほみさんと仙台〈book cafe火星の庭〉の前野久美子さんのトークイベント「〈普通の暮らし〉を手にするために」や、東北のお菓子を食べて支援するイベント「東北銘菓フェス」などの会場として、お寺の集会所を提供していただいた。

本でつながる石巻との縁

一箱本送り隊として初めて本格的に被災地で行なったイベントは、2011年10月、塩竃市での「塩竃ブックエイド」だ。当初、本を無料配布するつもりだったが、地元の人の「もうタダで本をもらうのはいい。やはり本は自分で買いたい」という言葉から、古本バザーと一箱古本市を行なうことに決めた。塩竃や仙台、あるいは東京から20組近くが集まり、楽しそうに過ごすのを見て、一方的に被災地に本を届けるのではなく、集まった本を現地でどう活用するかを考えるようになった。

この頃、石巻市で活動する「一般社団法人ISHINOMAKI2.0」の人たちと出会い、津波で最も多くの人たちが亡くなった石巻市で、町を震災前の状態に復興させるのではなく、新しいまちをつくっていこうとする姿勢に共感した。

ISHINOMAKI2.0は、石巻の風物詩である「川開き祭り」にあわせて「STAND UP WEEK」を開催しているが、その一環として2012年7月、「石巻ブックエイド・一箱古本市」を2日間開催した。石巻の店主さんも含め、両日30組が参加。たくさんのお客さんが訪れたが、子どもの姿が多くみられたことには商店街の人たちも驚いていた。

2016年7月、石巻一箱古本市。多くの人が訪れる ©石巻まちの本棚/一箱本送り隊

石巻を津波が襲う前から、郊外化が進んだこともあり、商店街の人通りは少なくなっていた。かつて賑わった「まち」に、再び人が戻って来るにはどうすればいいか。クロージング・イベントではその問題が話し合われた。このとき私は、「地域の人々の交流の場でもあった本屋さんに代わる存在として、本のあるコミュニティ・スペースを商店街のどこかに設けることはできないか」と提案した。その背景には谷根千における、私自身の経験があった。

谷根千には文学や歴史の蓄積があり、それらを掘り起こす地域雑誌『谷中・根津・千駄木』の存在があった。しかし、この地域と「本」が結びつくというイメージは薄かったと思う。2005年にはじまった不忍ブックストリートは、「不忍ブックストリートMAP」と一箱古本市によって、この地域が「本と出会えるまち」であることを明らかにした、と手前味噌ながら思っている。実際、それ以降、この地域には本屋の出店が続いている。

本に関わる場所を石巻のまちなかにつくることで、何か新しい動きが生まれるのではという期待があった。

その後、ISHINOMAKI2.0と一箱本送り隊の共同事業として、本のあるコミュニティ・スペースを開設することになった。私たちはほぼ毎月、石巻に出かけて、地元の人たちとどんな場所にするかを話しあう茶話会を開いた。

そして、1年の準備ののち、2013年夏に〈石巻まちの本棚〉を開設した。〈躭(たん)書房〉という新刊書店が入っていたビルの1階を借りて、セルフビルドで木材を組み込み、これまで集めてきた本から選んだ約2000冊を書棚に並べた。「物語」「東北/石巻」「コミュニティ」「食」「読書」「仕事」「家族」「旅」「絵本」など、おおざっぱに分類している。

本棚の前は小上がりになっており、靴を脱いで上がりゆっくり本を読んでもいいし、借りて家に持ち帰ってもいい。土・日・月の3日間、開館する。

石巻まちの本棚〉は図書館としての機能だけでなく、石巻にゆかりのある人の蔵書を並べる「あの人の本棚」、本の著者によるトーク、古書店の出張販売、絵や写真の展示など、本に関するさまざまな催しを行なっている。2015年には谷中で暮しの道具を商う〈松野屋〉の出張販売を行なうなど、ここでも大いに谷根千ネットワークを活用させてもらっている。

石巻まちの本棚の外観 ©石巻まちの本棚/一箱本送り隊

なかでも、2015年からはじまった「いしのまき本の教室」では、ブックカフェ、新刊書店、ネット古書店、出版社など本の現場にいる人に講師になってもらっている。話を聞くだけでなく、参加者も何らかの実践を行なうことが特徴だ。ブックカフェ講座の参加者から、福島、仙台など数カ所で実際に古本屋やブックカフェを開業した人が出たのには驚くとともに、嬉しかった。

17年目を迎える不忍ブックストリート開催を目指して

石巻一箱古本市は毎年1回開催され、そこには一箱本送り隊のメンバーが店主や助っ人さんとして参加する。「毎年、この時期に石巻に帰ってくるような気持ちになります」と話す人もいる。一方、不忍ブックストリートの一箱古本市には、〈石巻まちの本棚〉が店主として出店し、活動の告知を行なう。本によって谷根千と石巻の縁が生まれ、それが次第に深まっているのだ。

東日本大震災から10年を迎えた昨年には、私がライター、丹治さんが編集者として10日間にわたって岩手・宮城・福島の本屋、図書館、出版社、表現者などを取材し、「10年後の被災地をめぐる『本のある場所』のいま」という記事を『ダ・ヴィンチ』6月号に発表した。ここでも〈石巻まちの本棚〉や〈ヤマト屋書店〉、『石巻日日こども新聞』など、石巻の人たちに会って話を聴いた。そして、7月に〈石巻まちの本棚〉でこの記事をもとにしたパネル展を開催して以降、全国に巡回中だ。

2021年7月、石巻まちの本棚で開催したパネル展「本のある場所のいま」 ©石巻まちの本棚/一箱本送り隊

このパネル展は4月26日(火)〜5月15日(日)、不忍ブックストリートの仲間でもある根津の〈タナカホンヤ〉で開催する予定。石巻と谷根千はここでもつながっている。

今年で不忍ブックストリート開始から17年、7月に〈石巻まちの本棚〉開設から9年が経つ。この両者に関わった多くの人たちの力で、ここまで続けてくることができたのだと改めて思う。新型コロナウイルスで一箱古本市が2年開催できなかっただけに、その思いは強い。どうか今年の4月30日には、憂いなく一箱古本市を楽しめますように。

インフォメーション

INFORMATION
第22回 不忍ブックストリートの一箱古本市 
2022年4月30日(土)11時~16時 *雨天決行 
開催場所は公式サイト、Twitterでお知らせします。新型コロナウイルス感染の状況により、延期の可能性もあります。 
http://shinobazu-bookstreet.com/ 
Twitter  ‎@hitohako

この記事を書いた人ライター一覧

南陀楼綾繁

1967年、島根県生まれ。ライター・編集者。谷根千で本に関する活動を行う「不忍ブックストリート」の代表として各地のブックイベントに関わる。「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『谷根千ちいさなお店散歩』『古本マニア採集帖』ほか。 WEBはこちら

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