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まちまちな「まち」の人の眼鏡

“谷根千ご近所”に暮らす人・ゆかりのある人から寄せられたエッセイを紹介するコーナー「まちまちな『まち』の人の眼鏡」。今回は様々なまちを歩きながら、魅力をエッセイでお届けするWEBメディア「かもめと街」を運営されているチヒロさんに、愛してやまない「まちのタイル」について、ご寄稿いただきました。まちのタイルに注目して、お散歩してみてはいかがでしょうか。

「どうしてあの人、壁の写真なんか撮ってるんだろう?」
街ゆく人からの、驚いたような、頭に大きなはてなマークが浮かんだような視線にももう慣れた。

……いや、慣れてはいない。「なに撮ってるんですか?」と聞かれたら嬉々として答えるけれど、きっと答えたところで「はあ?」と返されるのがオチだ。
それでも好きだ好きだと言って撮り続けていたら、最近では友人たちが「これはきっと好きだと思って」と、写真を送ってきてくれるようになった。

さて、その対象物はと言えば、「まちのタイル」だ。

わたしは浅草出身の街歩きエッセイストという肩書きで活動している。5年前から「かもめと街」(https://www.kamometomachi.com )というブログを始め、主に下町エリアの好きな店やまちについてエッセイを綴ることで、まちや店、そこにいる人たちの魅力を届けようと、ひそかに細々と続けている。

ブログの他、WEBや広報誌などで記事を書くようになってから、一眼レフカメラを持ち、街の風景を撮る機会も増えた。特にこの数年は劇的に変わりゆく街並みに切なさを感じ、自分で記録しておきたい気持ちに駆られている。

気づけば10年前から撮っていた

今年の初め、わたしは、まったく整理のできていなかったグーグルフォトを使い、「タイル」のフォルダをつくった。そうして今まで撮った写真を放り込んでみると、10年もの間、タイルの写真を撮っていたことに気づいた。

タイルへの恋に気づいたわたしは、友人たちへ「実は、タイルが好きってことに気づいたんだよね」と告白すると、「そういえば最近よくSNSにあげてますよね」と返ってきたものの、それ以上興味を持ってもらえることはなかった。
でも、「実はあの人のこと好きかも」と誰かに言うだけでその人への恋心が深まってしまうように、あの頃からタイルへの恋心がどんどん深まり、ついにはタイルの写真集(https://kamometomachi.booth.pm)までつくってしまった。

恋に落ちたわたしは、街を歩けば建物の外壁や床に使われているタイルに目を奪われ、まっすぐ歩くことができなくなった。
今まで見過ごしていたあちこちに、タイル自身が身を削り、まちの風景を彩っていたのだから。

まちのタイルの魅力

ここでまちのタイルの魅力を考えてみようと思う。
どんなタイルも愛していることに嘘はないが、主に建物の外壁や店の内観に使われているタイルが好きだ。それも、できれば現役のものが好きだ。民藝品が「用の美」と表現されるのと近しい感覚で、使われている姿に美しさを感じるから。古くてもまだまだ現役のタイルを見つけては、「けなげに頑張って働いているなあ」と感慨深さまで感じるようになった。

今建てられているようなビルではあまり見かけないような、釉薬のかかり具合で色むらが激しく存在するようなタイルは、古いビルでよく見かけるものだ。

均一さを求められる今の時代では、こんなタイルを使った新しい建物はもう見かけない。それに、タイルの需要は減り続けているのが現状だ。全盛期には全国で250社もあったタイルの関連企業も、現在では40社ほどだと聞く。高度経済成長期に建てられた、いわゆる渋いビル(「渋ビル」と呼ばれ、愛好家も多い)も、建て替えの時期を迎えつつあり、美しいタイルが張られたビルもどんどん解体されている。いつまで見られるかわからない、貴重な存在なのだ。

外壁がタイル張りのビルは、日本では多く見られるものの、海外ではあまり見かけない、と「明治おいしい牛乳」や「キシリトールガム」などを手がけたデザイナーの佐藤卓さんが話しているのを聞き、日本独自の文化のようだとも知った。

雨や空中に舞うホコリなどから建物を守り、ときには踏まれ、誰にたいしても見向きもされなくても、当たり前のように自分の仕事をこなしている。そんな真面目な姿に、不真面目なわたしはいつも背筋が伸びる。

そもそも、タイルは焼き物である。同じ焼き物であるうつわが持てはやされているのだから、きっとタイルも本気を出せばもっと人気者になれるかもしれない、とわたしは期待している。
まちのタイルは、みんながいつでも身近に見られるパブリックアートのような存在だと思う。

谷根千で見つけたタイルあれこれ

まちまち眼鏡店のエリアでもある谷根千でもあちこちでかわいいタイルを見つけた。その中でも今回は、内観で特徴的に使われている店を紹介したい。

まずは、千駄木駅すぐそばの洋菓子店「TAVERN(タバーン)」。

タイルへの愛を語ったある日の帰り道、ふらっと休憩しようと入ったところ、壁を彩る美しいタイルに目を奪われた。ケーキに華やかさを添えてくれるクラシックな色合いと、絵本に出てくるようなかわいい家のモチーフが散りばめられた壁面は、まるでおとぎ話の世界のよう。

コーヒーとケーキをいただきながら、お店の方にタイルについて伺うと、このタイルはすでに廃盤になっているものだそうで、他ではあまり見られないのでは、とのこと。お茶しながらタイル鑑賞できる幸せ……!

次は、千駄木のコッペパン専門店大平製パンへ。

軒先の赤のストライプの装飾テントがレトロでかわいいこのパン屋さん。床にご注目を。

丸いタイルが連続して規則的に並び、水玉模様を描き、そのあちこちにオレンジの花が咲いているよう。

最後は、根津にある居酒屋不健康ランドへ。

こちらは元銭湯だった建物をリノベーションした店で、浴室の壁などはほぼ銭湯のおもかげを残したまま。

小さな正方形のタイルを使ったモザイクアートのようなタイルを眺めながらお酒を楽しめるのがいい。うっとりとタイルを愛でていても周りの人にバレにくいという利点もある。

テーマを決めると見えてくるもの

何度も訪れたことのある谷根千でも、タイルハンターという新しい趣味を持って歩いたら、気づかなかった景色にいくつも出会えた。何度歩いている道でも、目を凝らせば見えなかったものが見えてくるものである。

「タイル探し」という新たな趣味を手に入れたわたしは、まちのあちこちで働くタイルに出会うたび、胸の高鳴りを覚える。どんなふうに使われているか、その建物やまわりの風景をどのように彩っているのか、興味は尽きない。

街の風景はいつまでも同じようにあるわけではない。歳を重ねるにつれてその思いが強くなり、一期一会の風景をしっかりと残しておきたくなった。

この記事を書いた人ライター一覧

チヒロ(かもめと街)

『いつかなくなる まちの風景を記す』浅草育ちの街歩きエッセイスト。年間500軒の店めぐりを通じて、Webマガジン〈かもめと街〉を作っています。都電情報誌でエッセイ連載なども。日記とタイルの写真集をオンラインストアで販売中です。WEBはこちら

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