根津の小さな居酒屋「すみれ」──「ワハハ本舗」佐藤正宏さん
まちまちな「まち」の人の眼鏡
“谷根千ご近所”に暮らす人・ゆかりのある人から寄せられたエッセイを紹介するコーナー「まちまちな『まち』の人の眼鏡」。今回は谷根千エリアにお住まいの「ワハハ本舗」佐藤正宏さんに、行きつけの居酒屋「すみれ」のエピソードを寄稿していただきました。
居酒屋「すみれ」との出会い
皆さんこんにちは、佐藤正宏です。
山形県天童市生まれの私は、18歳で上京し25歳で喰始・柴田理恵・久本雅美らと「ワハハ本舗」を旗揚げし、現在63歳になりました。ここ谷根千界隈に暮らし始めたのは1990年。ここで、結婚もし子供も出来ました。この町で一番お世話になっているのが、根津の小さな居酒屋「すみれ」です。
「すみれ」となじみになったきっかけは32年前、午前1時過ぎにタクシーで帰宅した時、運転手さんに一万円札を出すと、おつりがないとのこと。当時は引っ越して間もない頃で頼るところもない。そこでタクシーを下りて店を探す。路地を入った所で居酒屋を発見するも、赤ちょうちんは消えている。断られるか嫌な顔されるのが落ちかなと思いつつ、店に入り事情を話しました。
すると、店の女将さんは開口一番「うれしいね。うちをあてにしてくれるなんてさ。いいよ両替。やってやるよ」。えー、今どきこんな日本語を使う人がいるんだ!これが下町の江戸っ子ってやつか!驚いていると「仕事の帰りかい?」「呑んで行きなよ」と女将さん。「えっでも、閉店なんじゃ」と言うと「うちはいいんだよ。あんたが呑みたかったら寄ればいいんだから。はい両替一万円」。こちらに負担を掛けないスピーディな善意に圧倒されました。そうしてタクシーの支払いを済ませた私は、その日から「すみれ」に出入りするようになったのです。
その頃「すみれ」は旦那さんと女将さんで切り盛りしていました。旦那さんの体調が思わしくなくなり、入退院を繰り返していたある朝、女将さんと道でばったり。「おはようございます」と声をかけると「……いっちゃったよ」「え……」「おやじ、いっちゃったよ今朝……じゃあね」。“いった”とは“逝った”という事でした。「すみれ」が店を閉めるかも―。近所にうわさが流れました。
旦那さんの告別式が終わって1週間ほどたった頃、「すみれ」の店内に明かりが。店に入り席に座ると、「こないだはごめんね」と女将さん。何のことかわからず「えっ」と返すと、「こないだの朝、佐藤さんに会った時。佐藤さんの顔見たら言いたくなっちゃってさ。おやじが逝ったって」「……いや……言ってくれて、うれしかったです」「はい!この話は終わり。何呑む?」「……ビール!」その後は、旦那さんのことは一切話しません。見事な気遣いでした。
「すみれ」名物のカレーライスの味
「すみれ」の名物は「カレーライス」※。常連さんがおねだりして、じゃが芋、人参がごろごろ入ったカレーになりました。我が家では鍋を持ってカレールーを買いに行きます。子どもたちは「すみれのカレーは家風カレーの最高峰だ!」と言っています。
※「すみれ」のもうひとつの名物は「とり皮煮込み」。とり皮をきれいに掃除して何度もゆでこぼしをして煮込む「とり皮煮込み」。これまた、我が家では鍋を持って買いに行きます。
「すみれ」は3人のお客さんのお葬式を出しています。親戚付き合いもあまりない男性の一人暮らし……いくら「すみれ」の常連とは言え、出来ることではありません。
「すみれ」の女将さんは、一昨年12月に自宅で亡くなりました。娘のやっこちゃんが引き継いでいます。
「すみれ」の女将さんのわたしの大好きなエピソード
ちょっと昔、女将さんは病院で女性ホルモンの注射を受けました。すると、終わったはずの生理が蘇ってきました。これはこれはと、女将さんは近所の「あんぱちや」に行き、「生理用品ある?」と聞きましたが店主が持ってきたのは「尿もれパッド」。「違うの!生理用品」と女将さんが言うと「娘さんの?」と店主。「わたしの」の言葉に店主は「えー!」。「すみれの女将蘇る」の話しは、あっという間に近所に広がりました。
コロナの中、やっこちゃんは両親の店「すみれ」を守っています。「すみれ」はカウンター10席ほどの普通の居酒屋です。普通なので毎日行っても飽きません。普通なので財布に負担をかけません。
あなたも谷根千の普通を味わいに「すみれ」にいってみては。
店名「すみれ」の由来は、スミレは根付くのが確かな花だから―と女将さんが言ってました。「すみれ」は、谷根千の路地の角にしっかり根付いています。
根津 居酒屋すみれ
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