
ここは文京区にある根津神社。毎朝6時半になると、ラジオ体操に参加するために多くの人々が集まる。体操が始まる30分前から、一人また一人と馴染みの顔が集まり、挨拶を交わしおしゃべりに花が咲く。8月の朝、セミの声と荘厳な社殿を背景に、大勢の人々が音楽に合わせて大きく体を動かす。体操が終わっても、今度はその場に残ったみんなで昭和歌謡の合唱が始まる。根津神社でのラジオ体操には、ただ体を動かすだけではない、この場所ならではの魅力がありそうだ。

根津神社のラジオ体操って?
根津神社で行なわれているラジオ体操は、文京区ラジオ体操連盟の指導のもと、年中無休で実施されている。2020年のコロナ禍で緊急事態宣言が出た時期を除けば、ほぼ毎日続けられてきた。NHKの本放送が始まる5分前、午前6時25分から準備体操が始まる。このラジオ体操会を長年牽引しているのが、会長の田口時男さん。現在87歳でありながら、25年以上も毎朝欠かさず参加している。雨の日も神社の大きな門や手水舎の屋根の下など、雨が当たらない場所で体操を続けてきた。参加者は毎日100名を超え、多い時には120名ほどになる。ラジオ体操はいつでも誰でも自由に参加できるが、この体操会には「会員制度」もある。会員になると、お正月には参加者の1年間の安全を願うお祓いが行われ、お酒が振る舞われたり、“根津神社ラジオ体操会”と書かれた特製オリジナルタオルがもらえたりする。会長さんや会員の方に声をかけてもらえれば、会計係りの方が申込書をくれるので、記入したのち年会費1000円を支払うと会員になれる。会の運営の方々は白いユニフォームと胸のエンブレムが目印!

小さな“習慣”が健康な日々をつくる
間もなく90歳になる小林和子さんは、山形県で生まれ育ち、結婚を機に23歳で現在の根津エリアに移り住んだ。若い頃は東大の病院まで毎日自転車で通い、患者さんの食事に関わる仕事をしていた小林さん。60歳で定年退職してからラジオ体操を始め、それ以来、ほとんど毎日続けてきた。「体を動かすと1日調子が良い」「体が重くない」と、朝の体操が健康に与える良い影響を実感している。普段から「加工品は買わない」と食生活にも気を使い、今でもご自分で料理をされている。こうした日々の小さな習慣の積み重ねが、今の健康を支えている。

ラジオ体操がつなぐ人と人
小林さんは、根津の生活について「住みやすいし、近所の人たちが親戚みたいにみんな優しい」と語り、「埼玉に住む子どもたちのところもいいが、やっぱり、この根津の地で暮らすのが一番だ」と言う。ラジオ体操の場でも、多くの知り合いと交流し、仲間と連れ立っておしゃべりしながら帰宅するのも楽しみの一つだそうだ。体操の後には、この場に15〜20人ほどが残って、童謡や昭和歌謡などを合唱する時間がある。この日も、会員の皆さんと一緒に懐かしい歌を楽しんだ。歌うことは認知症の予防にも効果があるのだとか。

最近、根津に引っ越してきたばかりのAさんも、このコミュニティに惹かれた一人。現在28歳のAさんは、職場が近いという理由で2週間前に埼玉県川越市から根津に越してきた。朝の散歩中にラジオ体操の存在を知ったのだとか。この日(取材当日8月8日)、初めて訪れたAさんは、会長の田口さんに「参加させていただきたいのですが」と声をかけた。「もちろん!大歓迎です」と笑顔で迎えられ、初日から合唱にも参加。ラジオ体操は学生時代以来で、“第二”があることもすっかり忘れていたと苦笑い。川越でも朝のラジオ体操は行われているはずだが、根津神社に集まるたくさん人々を見かけて「なんだかずいぶん楽しそうだ」と感じたという。どうせ参加するなら、ちゃんと声をかけてから参加したかったと律儀なAさんに、会員のみなさんもうれしそう。システムエンジニアとして働く彼にとって、ラジオ体操は新しい土地での生活にリズムと人とのつながりをもたらした。
体操をやろうと思えば、スマホなどで配信動画を使って、いつでもどこでも、一人でもできる。運動不足解消のためならそれだけで良いのかもしれないが、ここに紹介した彼らの話を聞いてみると、わざわざ早起きをしてここに集まることに意味があるのだということが分かってきた。根津神社のラジオ体操は、毎朝行われる「小さな習慣」だが、それが地域住民の健康を支え、人と人との絆を深め、さらには街全体に活気と穏やかなリズムをもたらしている。この朝の光景は、地元の高齢者を中心に、新しい住民である若いAさんのような人々を自然に迎え入れ、彼らが地域に根を下ろすきっかけともなっている。

根津神社という「朝の居場所」
根津神社は、歴史的な建造物(権現造りの荘厳な社殿は国の重要文化財)であるだけでなく、地域の人々にとって「朝の居場所」という大切な役割を担っている。田口さんも、ラジオ体操会の会長であると同時に、神社の「氏子総代」を務めるなど、地域と神社に深く根ざした活動をしている。
また、境内には最近、かつて上野にあった森鷗外が住んでいた家を再現した建物が移築された。これは、根津神社が地域文化の継承と、新たな魅力を生み出す場所でもあることを示している。神社の境内は四季折々の自然を楽しむことができる場所でもある。ラジオ体操後に、不忍池や上野公園、東京藝術大学、谷中を経由して帰宅する約1時間のウォーキングルートを楽しむ人もいると聞く。
朝から仲間と挨拶をかわし、体を動かしてみる。そんな一日のはじまりがある。毎日続けたくなる理由もある。明日は少し早く起きて、根津神社まで散歩してみるのもいいかもしれない。そして、胸にエンブレムのある人に声をかけてみよう!きっと、うれしい出会いが待っている。




