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まちARTの眼鏡

美術館やギャラリーが広く存在する、谷根千ご近所エリア。このコーナーでは、谷根千ご近所で開催されるARTイベントや展示にまつわる情報をご紹介します。初回は4月24日まで谷中HAGISOで開催されていた「TEXTILE POSTERS」展について、ライター元行まみさんにレポートしていただきました。

「TEXTILE POSTERS」展を訪れて

4月8日の夕暮れ時、私は谷中のHAGISOで開催されていた「TEXTILE POSTERS」展を見にきていた。かつて萩荘という名の共同住宅だったこの場所に足を踏み入れる時にはいつも、靴こそ脱がないが、「こんにちは、お邪魔します」と挨拶しながら家の中に通してもらうような、なんだか懐かしい気持ちになる。

吹き抜けになったギャラリー空間に入り、作品を見渡す。布地に様々な刺繍やパッチワーク、リボン、絵の具などで彩られた、テキスタイルポスターの数々が並んでいた。テキスタイルポスターという言葉だけを初めて聞いた時、どんなものか想像できずに少し戸惑った。

実際に目にすると、情報を早く正確に届けるという意味でのいわゆる量産型の「ポスター」とは全く異なる。素材による質感の違いによってある部分が強調されていたり、刺繍で書かれたいびつな文字が連なっていたりする。

その質感、凹凸、ぎこちなさを全て含めて、何が描いてあるのだろう?とじっくりと見ていたくなる不思議な魅力を感じた。所々に散りばめられているユーモアに思わずクスっと笑ったり、複数の作品の中から共通のモチーフを見つけながら展示会場を回っていく。

娘の美帆さんが初めて母親の徳子さんに依頼した、2002年のポスター。「Danger Museum」の共同制作者であるオィヴン・レンバーグさんのモチーフYellow Manと共に展覧会名や会期、場所などが刺繍されている。
(写真右)《The Danger Museum(Yellow Man#1)》
(写真左)《The Danger Museum(Yellow Man#2)》
Photo by Ryohei Tomita

「TEXTILE POSTERS」について

本展は、主婦であり母であり、美術愛好家である清水徳子さんが、独自の手法で作り続けてきたテキスタイルポスターとその活動を紹介するもの。徳子さんの作品は、娘でありアーティストの清水美帆さんから依頼を受け、彼女が海外を拠点に活動している移動美術館「Danger Museum」の宣伝のために作ったことがきっかけで誕生した。一度限りだと思っていた制作は、約10年にわたる娘とのコラボレーションに発展していく。

今回、作品集『Tokuko Shimizu:TEXTILE POSTERS』の出版にあたり、写真家のGottingham(ゴッティンガム)さんと編集を担当する岩中可南子さんがプロジェクトに加わり、写真作品やインタビューを通して、時間と距離が紡いできた母娘ふたりの関係性が浮かび上がってくるような構成になっている。

制作時に海外にいる美帆さんからEメールで送られてくるのは、基本的な情報と構図のみ。細かな指示はなく、メールの中にあるコンセプトや展示先などの断片的な情報を元に材料や色調を考えていくのだとか。物理的な距離の不便さを逆手にとり、美帆さんもあえて徳子さんに委ねてみることで、徳子さん自身の想像力の領域が生き生きと拡張する様を互いに楽しんでいた。

母と娘という親密で、その近さ故の複雑さも時にあるものの、制作を介すことで二人は関係を結び直した。最初は誰かに見せることを想定せずに作っていた作品たちは、やがて美帆さんとの関わりの中で世界へと飛び出し、今もさまざまな土地や人との出会いにより新たな繋がりに発展している。

写真家のGottingham(ゴッティンガム)さんは、テキスタイルだからこそ存在するポスターの裏側を撮ることを試みた。
それを伝えた際に、2人(徳子・美帆)でポスターの裏地を解き始めたことから生まれた写真シリーズ。
(展示写真)ゴッティンガム《Study for Untitled (Her Posters III)》
Photo by Ryohei Tomita

Life as Artー日々を豊かにしようとする工夫から生まれた表現

トークイベントでは、テキスタイルポスターができるまでの背景や、作品集づくりについてそれぞれが振り返った。
Photo by Ryohei Tomita

展覧会やトークに参加して、特に印象に残っていることがある。

徳子さんは幼少期から多様な方法で創作に取り組んできたが、そのことについて「徳子」という人間でいられる時間が必要だったと語っていた。

主婦として家族の面倒をみることだけで終わってしまう生活に、何か欠けている感じがしました。結婚後も同居していた明治生まれの母との暮らしでは、価値観の違いが大きく、息苦しさを感じていました。小さい頃は「娘」、結婚してからは「妻」「嫁」、子どもを産んでからは「母」と役割がはっきりしていて、自分の都合よりも相手との関係で行動が求められてきました。私には自由になる時間が大切でした。絵を描くことを再開したのも、その時期です。絵を描くことは「Tokuko」と言う人間でいられる時間です。布や紙の上ではいつも自由でした。〔……〕ほんの10分でも絵を描く時間が必要でした。私にとっては精神衛生剤みたいなものです。没頭できること、それは「創作」でした。

(『Tokuko Shimizu: TEXTILE POSTERS』インタビューより)

「自分らしさ」を取り戻すことは、日常をより豊かに生きようとする工夫だった。そのために、普段の生活の中でもあらゆることに対して、アイデアの元となるような感性の種を見つけ、育てるようにしているのだという。

未知の物事に出会ったとしても、知らないからと閉ざしてしまわずに、面白がって関わってみようとする徳子さんのその精神性に私は強く惹かれた。トークの中で彼女の姿勢に対して「Life as Art(=その人の人生や生活も含めてアートと捉える)」と表現する言葉も出てきたが、アカデミックなアートとも違う、日常の延長にあるアートの存在に改めて気付かされた。

それは単に制作することに限らず、好奇心や遊び心のようなもの、あるいは時に何かに対するささやかな抵抗とも言えるかもしれない。日々の中で自分の感性の種になるものを集めたり、好奇心のままに小さなアクションを起こすことも含めて「Life as Art」だと考えてみると、まちの中にもヒントがあるように思う。

私は最近1日1回見知らぬ人に話しかけてみるという小さな実験を始めてみた。挨拶や世間話程度で終わることも往々にしてあるが、「話しかけること」を念頭におくことで、以前と同じように散歩をしていても、すれ違う人が何を見、何を聞き、何を感じているのか、より観察したり想像してみるようになった。想像力を膨らませる一つの仕掛けとして、この小さな遊びをしばらくひっそりと続けてみようと思う。

日常の中にアートがあるということ

まちの延長線上にあって、日常の中でアートに出会うことのできるHAGISOの空間は、この地域にとって非常に重要な存在だ。カフェの利用者、アートに興味がある学生、地域の人などが混じり合いながらその場所を訪れることで、作品や異なる他者と出会い、新たな化学反応がおこる。

今回の展示をきっかけに、テキスタイルポスターのチームとHAGISOのコラボレーションも実現した。テキスタイルポスターのモチーフで食べ物が多く出てくることもあり、HAGISOのシェフと共にカフェで提供されるオリジナルパフェを考案。

それに対して徳子さんはパフェのテキスタイルポスターを二種類制作した。1つは材料や構造が紹介されているパフェの設計図、もう1つは「ぷるぷる」「しっとり」などの言葉を使いながらパフェの食感を表現したもの。試作時の対話の中で、イメージを共有するためにシェフがオノマトペで表現してくれたことに触発されて作ったのだそう。

色々な素材が重なって層を成すパフェそのものからも、テキスタイルポスターが世界を巡る間に蓄積してきた時間や旅の景色が連想される。

HAGISOとのコラボレーションによってできたパフェ(写真左)とそのテキスタイルポスター。
シェフから送られてきたスケッチを元にしたポスター(写真中央)と各食材の食感がオノマトペで表現されているポスター(写真右)
Photo by Ryohei Tomita

帰り道 まちと重ねて

徳子さんや展示・作品集に関わるチーム、その周辺の人々、HAGISOのスタッフ。彼ら自身が遊び心や好奇心を持って楽しんでいる姿こそが、様々な人を巻き込み、新たに何かを創造したり、文化を生み出す原動力になっているのだろう。

HAGISOを出て歩いていると、道端の即席角打ちで仕事を終えたのか楽しそうに酒を酌み交わすおじさんたちがいた。細い路地の中の人気店で順番を待つお客さんの姿も。銭湯に入ると常連さんたちが今日あったことを話したり、冗談を言いながら背中を流し合っている。そんな陽気なまちの人の姿がこのプロジェクトとも重なる。その日に出会った人やまちを行き交う人の顔を思い浮かべながら、帰路に着いた。

展覧会「TEXTILE POSTERS」

[Artist]清水徳子、ゴッティンガム、清水美帆 & オィヴン・レンバーグ(Danger Museum)
[Planning]岩中可南子
[会期]2022 2/3/29 (Tue.) – 4/24 (Sun.)
[会場]HAGISO

http://t-e-x-t-i-l-e-p-o-s-t-e-r-s.com/

この記事を書いた人ライター一覧

元行 まみ

学生時代に建築を学ぶが、空間そのもの以上にその場から生まれる人の関係性や活動に興味をもち、コミュニティスペースの運営やアートプロジェクトなどに携わる。多様な人との出会いによって、新たなアイデアや問いが紡ぎ出される機会を求めて日々研究中。現在は多摩地域で、パートナーと黒猫のおかゆと共に暮らす。

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